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モンブランでは、その時代において芸術と文化に優れた貢献をした人物を称えています。「ロレンツォ・デ・メディチ」(1992年)、「オクタヴィアン」(1993年)、「ルイ14世」(1994年)、「プリンス・リージェント」(1995年)、「セミラミス」(1996年)、「大帝ピョートル1世」および「女帝エカテリーナ2世」(1997年)に続き、1998年3月、「アレクサンダー大王」を発表しました。
33年間という短い生涯に、人類史上において屈指の偉業を成し遂げた著きマケドニア王・アレクサンダー大王は、様々な伝説が残されています。アレクサンダー大王ほど世界文化に人きな影響を与えた人物は、わずかしか存在しません。
ギリシャの北に起こったマケドニアは、フィリップ2世の時代に発展し、次第に勢力を広げ、紀元 前4世紀ごろ、ギリシャ全土を征服しました。その後、王位を継承したアレクサンダー大王は、ペルシャ遠征を行い、シリア・エジプトを支配したのち、メソポタミアへ侵攻、紀元前330年ペルシャ帝国を征服。さらに東進し、遂にインドのインダス川流域まで到達しました。王位継承からわずか10年間で、東はインダス川から西は地中海沿岸にいたる大帝国を築きあげたのです。アレクサンダー大王は、この遠征から帰った翌年の紀元前323年、熱病のため33才の若さで没しました。
家庭教師だった哲学者・アリストテレスの教えのもと、アレクサンダーは幼少の頃からギリシャ芸術に親しみました。彼の建設した都市、特にエジブトのアレキサンドリアは、文化の中心地となり、多くの芸術家や科学者がこの都市に集まりました。数学者のアルキメデスなど偉大な人々を輩出したヘレニズム時代の始まりです。あのローマ帝国も、アレキサンダー大王の遺産であるヘレニズム文化の畏期にわたる影響の下で、形成されたものです。
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